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「コップの水」 平成21年9月29日 |
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さて「こころ」とは いったいどんな形をしているのでしょう。
私はガラスのコップに水をそそいだものを考えました。
コップの水に墨をたらすと黒く濁ります。こころが濁るのと、にています。
「幸せだなあ」、「ありがたいなあ」、「おめでとう」、などの言葉を話すと水滴のようにポタポタと濁ったこころに落ちていき、コップの水がだんだん澄んだ透明の水に変わります。
良い言葉をいつも話している人は、人生にツキをよび人間関係が良くなります。
反対にいつも「いやだなあ」、「疲れた」、「運がない」といったジメジメした言葉を使っていると、こころに濁りを生じます。
「幸せだなあ」にはこころを清く澄ませる力があります。
私たちの周りには、いつもしあわせがいっぱいちらばっています。
そのことに気づくか気づかないだけです。
「ありがたいなあ」は感謝の言葉ですが、たのまれごとや仕事を「ありがたいなあ」と感謝する気持ちを持ちながら行うと願いが叶ってきます。
「おめでとう」は人を祝福する最大の言葉です。
相手の幸せを我が身に起こったことのように喜ぶ言葉です。
この言葉を真心からいえるにはこころが豊かでなければなりません。
こころを豊かにするにはいつも他の人の幸せを願うことです。
悪い言葉を発すると自分のこころが黒く濁るだけでなく他の人にも濁りをあたえます。
良い言葉は他の人のこころも澄んだ清らかな心にしてくれます。
たくさんの良い言葉をいつもいえる人であってください。
コップの水にたくさんのきれいな水をそそぎましょう。
曹洞宗(そうとうしゅう)を開かれた道元禅師(どうげんぜんじ)は、「愛語というのは、どんな人に対しても」まず慈しみのこころを起こし、思いやりの言葉をかけてやること」と申されました。
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「信 じ る」 平成21年5月1日 |
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『信じてるよ』
この一言が幸せと希望と安心をあたえます。
人を信じることは大切なことです。
しかし私たちは騙されると信じられなくなります。
同時に怒りがこみ上げてきます。
こんな時お釈迦様は怒らないことによって怒りに打ち勝ち、善いことによって悪いことに打ち勝ち、真実によって嘘の人に打ち勝てとお示しになりました。
信じることは信頼の証です。
信じてるよ。すると相手にどれだけの自信を与えることか!
信じるという行為からは善き結果が生まれるものです。
でもどうしても信じられない時、私たちはどんな気持ちに成りますか。疑い深く信じないことで良いことがあるでしょうか?とてもイヤな気持ちになり、そして関係が善くなることはないでしょう。
大切にしたい人は信じることです。
以前宇宙飛行士を選ぶ際に結婚し家族がいる人を優先して選んでいたと聞きました。これは困難なことが起こっても宇宙飛行士が家族の為に必ず帰ってくると信じることで、地球に帰ろうとあらゆる努力をする傾向があるためだと言われています。信じることでその能力が何十倍にも発揮されるのです。
信じることは自分のため家族のためあるいは愛する人のために努力することだともいえるでしょう。
信じる心は人間のもっとも優れた寶です。
信じる心によって自分を変えていくとそこに最高の姿が現れてきます。信じることを姿にすると手を合わす形、すなわち合掌が信じる心の姿です。
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「小欲知足」 平成21年1月21日 |
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小 欲
欲の多い人は自分のことを一番に幸せにしたくてたくさん欲しがりその為に苦しみます。
では欲の少ない人は欲を持たない人でしょうか?いや欲の少ない人とは他の人の幸せを先に考えてどうしたら他の人が喜んでくれるかを行動に表すひとです。勘違いをしていたかもしれません。小欲は我慢と!自分のことを幸せにしたい人は多欲。私たちはみな仕事をします。仕事とは誰のためにしますか?自分のためでしょうか?いや他の人のためです。そしてその人たちが喜んでくれることが仕事と言います。怒らせたり悲しませたりするとそれは犯罪になります。多くの人が幸せになることを心から思うとたくさんの功徳を生みます。欲しがることじゃなく与えることが幸せを生んでいきます。
知 足 今の世の中には自分にないものもってないものは数えきれなくあります。その数えきれないものを欲しがって苦しんでいます。
でも自分に何んにもないんじゃありません。
恵まれていることの数を数えてみましょう。まず朝起きて命があることを、そして住むところがあり水が飲め食事があり布団があり風呂があることを恵まれていると感じれる人は、ひとつ見つかると次々みつかります。
世界で一番幸せな人は足りるを知っている人です。
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「大丈夫!」 平成20年4月1日
「大丈夫!」っていってると困ったことが起きてもなんかホッとする不思議な言葉です!
私たちの人生はすべて幸せになるようにできているんです。
なのに不幸な人がいます。・・・・それはなぜでしょう・・・
いろいろな出来事をあなたがどうとらえるかで幸せと不幸に分かれてしまうんです。
不幸な人の多くは幸せにならない理由を他人のせいにしたり、無い物ねだりをします。困ったことが起きると 心配だ!不安だ!どうするんだよ!と、愚痴や悪口文句が増えます。
幸せな人はいつも人のいいところを見ています。恵まれていることの数を数えます。困ったことが起きるとそのプラス面を探します。私たちに大切なことを気づかせ、解決できない問題は決して起きないと考えます。
沢山のヒット商品を販売している会社の社長に聞きました。
あなたは失敗したことがないんですかと、すると社長は一枚のシャツを出してきて、これまったく売れなかったんですよ。
じゃこれは失敗作ですね!と、ところが社長はいいえ違います。
なぜ売れないか町にでて若い人たちの着ているものをいろいろ見て歩きました。
そしてこのシャツにちょっと工夫したんです。そしたら爆発的にヒットしました。だからこのシャツは失敗じゃないんですよ。
困ったことは起きないんです。
それはあなたに解決する力があるから、大切なことを学べるから起きるんですね。
だから大丈夫!大丈夫ってほんとうに心が落ち着きます。
大丈夫って間違いのないこと非常にしっかりしている様子を言うんですよ。
この大丈夫は元々お釈迦様をあらわした言葉なんです!
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「子供が育つ魔法の言葉「子は親の鏡」 ドロシー・ロー・ノルト著」
平成20年1月11日
けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ
やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる
10代の子供が育つ魔法の言葉「子どもの声に耳を澄ましてください」
プレッシャーをかけすぎると、子どもは疲れてしまう
厳しいルールを押し付ければ、子どもはルールを破る方法を探す
好き勝手にさせると、子どもは人の気持ちに鈍感になる
失敗を繰り返すと、子どもは自信を失う
約束を破られると、子どもは失望を味わう
否定されると、子どもは苦しむ
一人の人間として大切にされれば、子どもは思いやりのある人間になる
親を信頼できる子どもは、本当のことを話してくれる
大らかな家庭に育てば、子どもは考える力をはぐくむ
先のことを考えて行動できれば、自分の行くべき道が見える
責任感を育てれば、子どもは自分で考えて行動できるようになる
親が身体にいい習慣をもっていれば、子どもも自分の身体を大切にする
支えてあげれば、子どもは自分に自信をもつようになる
表現できる場をもてば、子どもは本当の自分を出せる
愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
子どもを信じて見守れば、子どもはよりよい世界を目指して歩いてゆける
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「年頭挨拶」 平成20年1月7日
新年あけましておめでとうございます
迎えました平成20年本年は躍進の年です。お釈迦様の教えを道元禅師の教えをすべての人々にわかりやすく伝えることが急務と成りました。悪いことをしないで善いことをし、人のためにつくす。多くの人が悪いことをしないを、悪いことを探して歩き、他の人の悪いことを指摘し自らを律することを忘れてしまいました。悪いことをしないとは自分がされて嫌なこと不快なことなどを他の人にしないことです。善いことは自分がしてもらって幸せに感じたことうれしかったことを心にとめ自分もしてあげることです。そして生きとし生けるものの幸せを願い皆がしあわせになればいいと心から念ずる生き方をすることです。
年頭に当たり皆様がさらなる飛躍の年となりますことを祈念しご挨拶といたします。
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋
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「いいことは分けてあげる みんな喜ぶから」 平成19年12月11日
「愚痴やいやなことがあったときは人に聞いてもらいたいのに、良いことがあったときには人に分けてあげようとしない。
いやなことがあったときはしばらくたてば忘れてしまうのに人に話したがる。
そんな事より良いことがあった時にいっぱいいっぱい人に分けてあげよう。
もともと貴方はそういう優しい人だもの。」
銀座まるかん 社長斉藤ひとり氏の述懐
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋
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「第9教区合同研修旅行」 平成19年11月27日
平成19年11月19日、「元気をつくろう函館の旅」と題して第9教区合同研修旅行を行ないました。
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| 函館の夜景 |
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当日は荒れ模様の天気の中、出発しました。函館到着後、函館オルゴール明治館などを見学し、その後、函館1の古刹「光龍寺」を参拝しました。途中フェリーに遅れたり、ハプニングもありましたが、素晴らしい景色に出会う旅でした。
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋 |
| 赤レンガ倉庫群 |
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「感 謝」 平成19年6月1日
感謝すると幸せになります。私たちはみんな幸せになることを望んでいます。 しかしまず自分が幸せになろうとしていませんか? 自分の望んでいることがかなわないと不平や不満、愚痴、そして悪口さらにはゆるせない感情を持ってしまったことはありませんか?
幸せになるのにとてもやさしい道があります。 それは悪いことをしないで 善いことをし、人のためにつくして、自分の幸せよりもみんなが幸せになればいいなあと。
これがお釈迦様の教えです。
私たちは沢山の命に支えられ生きています。それがありがたいなあと思うと感謝の心が芽生えます。 多くの人から受けた親切に心から感謝しましょう。 今起きていることは私を成功に導いてくれるチャンスと考えてみましょう。 するとありがたく、感謝の心がわいてきます。 みんなの幸せを願うと優しい気持ちになります。自分も幸せになります。
昔、『ありがた与一兵衛』という人がいたそうです。朝起きると「おはよう」のかわりに、「ありがたい、ありがたい」。何がそんなにありがたいのかとたずねると、「朝起きて、家族の顔を見られてありがたい」。
またある時、小雨が降りだし急いで帰ろうと滑って転び、そこでもまた「ありがたい」。転んで擦りむいて一体何がありがたいのかとたずねると、「自分の落ち度で骨折してもよさそうなところを、ただの擦り傷ですんでありがたい」・・・。
確かにものはとりよう、私たちはどんな時にも感謝することはできるのです。
あるおばあさんが認知症になり言葉もだんだん忘れていき、さいごにのこった言葉が「ありがとう」だったそうです。普段から感謝の心を持っている人は最期の時になっても感謝の心が出てきます。
おとうさん、おかあさんにありがとう、友達に、すべての動物に、植物に感謝しましょう。そうすれば、感謝の思いは自分に返ってきます。
最後にありがとうという言葉が残る人生をおくりたいものです。
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋
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「一番大事なもの」 平成19年4月20日
ある人が、この世で一番すばらしいものはなにかと、問いかけました。
一人の人はそれは太陽だ。太陽が輝いているからみんな生きて行ける。太陽は何も言わないで私たちに光と熱を与え無償の恵みを与えてくれる。この世で一番すばらしいものそれは太陽だ。
もう一人の人はいやこの世で一番は水だ。水がなかったらどんな生き物も生きていけない。
そしてもう一人は確かにこの世で一番大事なものは、だれもその存在に気づかない、当たり前と考えているものはだれもその存在に気づかない当たり前と考えているものにあるようだ。
太陽も水も大事だけれどこの一つがなくなっても何日かは生きていけるが空気がなかったら一瞬も生きていけない。この世で一番は空気だと思うよ。こんな話をしていました。
私たちはこの話しから何を得ることができるでしょうか。人はきっと、こんなにも大事なものを当たり前と忘れてしまっています。あることが当たり前だった。 しかし今その当たり前が当たり前ではなくなってしまった。オゾン層の破壊により恵みの太陽は殺人兵器となる。水も汚染され空気も汚染それ、当たり前のものが違ってしまった。
私たちは今大きな転機の時を迎えようとしています。太陽の、水の、空気の無償の恵みを忘れたとき、人はそこから大きな試練を受けているのではないでしょうか。
この神仏の大いなる慈悲を思い出し、苦しみ、悲しみ多い人生の中で、朝起きて今日もすばらしい一日がはじまると思える生き方ができるようであればそれはすばらしい事です。
他人がすばらしく見える人はその人もすばらしい人です。他人の粗ばかり探している人、見えてしょうがない人、悪いとこばかりしか見えない人は幸せになれません。
自分の人生を自分だけの為に生きていると考えるのではなく自分の人生を生きているうちその生き方が他の人も幸せにできる。
太陽のごとく水のごとく空気のごとく一円も支払わないのに与えてくれることを感謝して生きていきたいものです。
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋
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「一日一善」 平成18年9月22日
一日一善という言葉があります。これは一善を必ずしなくても、よいことを何か一つ発見するということです。
一日のうち必ず一つ喜びの種子を見つけることです。何か嬉しいことを幸せの種子を見つけることです。
朝起きたときに、「ああ,、今日も一日命あってよかった。」「今日一日始まってよかった。」「今日一日が素晴らしい一日でありそうだ。」このように思える皆さんで有れば素晴らしいです。朝起きて「ああまた嫌な人とあわなければならない」と、嫌なことばかり考えると一日が長く、何をやってもおもしろくない。すべて不幸になっていきそうな気がして、そんな毎日を送っていては決して幸せにはなれません。
どんな状況でも、毎日活力、気力のあふれる。それが維持できることが幸せな人生を生きているということです。そして、他人が素晴らしく見えること、他の人がすばらしく見える人は、すなわち、その人自身がすでにすばらしい人です。
他の人のアラ、悪いことばかり見えてしまう人、このような人が幸せになれるということはおそらくないでしょう。
ひとのよい行為、よい思いを素直にほめられるような心境になる。自分に素直に生き、自分に正直に生きるなかで世の人を喜ばせることができ、また幸せにすることができる自分の生き方、生き様が他の人々の幸せに少しなりとも力になっていることが実感できるということ、とても大切なことです。
一日一善。さあさっそく始めましょう。
陸前高田市・普門寺住職・熊谷光洋
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「ほ め る」 
さて今日は皆さんに天が与えたすばらしい才能の話をします。
私たち人間の中には、ずば抜けた才能を持っている人たちがいます。 たとえばスポーツの世界、科学の世界、会社の経営など。しかし天はすべてのひとにそれをうわまわる最高の才能を授けました。
それはひとを「ほめる」才能です。
人は遠い場所の優れた人々はほめますが、 近くの人に対してはほめようとしないで逆に悪口をいったりけなしたりします。さらに自分をほめる人がいます。他人を自分より低めることで優越感にひたろうとするのです。それは心の狭さと妬みから生まれます。
人をほめるとほめられたひとがまわりにあつまります。ほめるとは あなたはとっても大事で 重要な人です。 というメッセージを送ることだからです。
ひとをほめることのできない多くの人は常に他人のあらを探します。 ほめる人は常に他人の良いところをさがします。 心の中で良く思うか悪く思うか、
毎日の積み重ねで心の中身が大きく違ってくるでしょう。 自分を自慢し、 他人の悪口を言ってる人がいたら、 ただちに人を「ほめる」ことに切り替えましょう。
はじめは遠くの才能ある人を、次は近くの才能ある人を、そして身近な人で もしかして自分よりも劣るかもしれない人を「ほめる」ことができたら、あなたにもまわりのひとにも幸せが舞い込んできます。今から実践してください。
道元禅師は人の過ちや非行に悪口を言ってはいけない。なぜなら人にはすべて仏の心が宿っているからと。
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