 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
当初開山された仁治2年(1241)の頃は地竹沢(米崎町)の海岸近くで、現在の万人供養碑がある新山という所に寺院が建立されたという。この場所は現在も普門寺跡地として方形の土壇が残っており、それは鐘楼のあったところといわれている。大檀徒は気仙郡司金定俊殿であった。
その後、気仙郡領主で米ヶ崎城主宗綱殿の時、永正年代(1504〜)に現在地に移転し七堂伽藍が建立されている。門前には如幻開山大和尚手植の目通9mの杉の大木が二本聳えている。他の老杉も樹齢360年を越えている。
しかし、天正19年(1551)葛西一族が亡んだころ兵乱のためか堂宇古文書などほとんど焼失しているが、幸いにして本尊及び渡来の什物は残されている。 |
|
|
|
|
|
参 道
|
 |
 |
 |
代 門
|
享保10年(1725)、十一世貴足祖胤大和尚の代、代門建立。現在3尺の仁王尊が祀られているが本来は正式の山門を建立して、仁王尊堂(宝物庫)に安置している200年以上ともいわれる那延(ならえん)金剛力士と密迹(みっしゃく)金剛力士像を祀るべく思案中である。この代門は当寺の建立物ではもっとも古いものである。
明和5年(1768)中興十七世鐵山寒牛大和尚の代、7月17日より秘佛聖観音像を30日間ご開帳する。 |
|
|
|
|
 |
 |
百日紅(サルスベリ)は読んで字の如く花期が長い植物である。当寺の百日紅も平年8月中旬より咲き始め10月上旬まで咲いている。中国南部原産のミソハギ科の落葉高木で、樹皮は平滑で皮がうすくはげやすい。すべすべしているので、猿も滑るという意味でサルスベリの和名が出たものである。
昭和56年(1981)の計測では、根元幹囲1m90p、胸高幹囲1m65p、枝張12m70p、樹高11mで樹齢は約300年と推定される。
この樹は、保存状態がきわめて良好で、大木であるにもかかわらず障害による空洞は全く見られない。樹勢も旺盛で毎年美しい紅の花を多数咲かせている。今後も相当の期間は生存を続けるものと推定される。県内の最大木であり、保存状態もきわめてよく、サルスベリの代表樹として貴重であるとして昭和56年12月4日、県指定の天然記念物となった。
|
|
百日紅(サルスベリ) |
 |
|
 |
| 2008年9月3日の百日紅の様子 |
|
|
|
|

|
 |
| 青銅の大仏 |
| 享保3年(1718)、八世壹翁寒易大和尚の代、唐金の大仏建立。高さ5m。この時代で、青銅製のこの大きさのものは東北では稀有のもの。 |
|
|
|
|
 |
| 文化6年(1809)、十九世透了要関大和尚の代に県内唯一の塔婆建築の三重の塔建立。木造銅板葺(ぶき)(元来は柿葺(こけらぶき))で、三重に組んだ石組みの基壇の上に建つ繊細優美な意匠で統一された見事な塔。地上より九輪先端まで約12.5m、初層平面164.8u(5.44尺4方)。 |
|
 |
三重塔
|
三重塔 二層目軒裏天井の彫刻
|
|
気仙大工の粋を集めたもので初層は垂木(たるき)を並行に配置した二軒繁垂木(ふたのぎしげたるき)とし、二層は軒裏天井に動物と波・雲をあしらい、さらに四面に輪宝文(りんぽうもん)の浮き彫りを施している。三層目は垂木を放射状に配した二軒扇垂木となりそれぞれが異なっている。柱上の柱、初層の仏像など多くの彫刻、組み物による豊かな装飾は見事なものである。昭和50年県指定有形文化財。
|
|
|
|
|
 |
 |
 |
| 吽形密迹金剛力士 |
|
阿形那羅延金剛力士 |
| 金剛の武器を持ち、仏に近侍して仏の秘密を守りぬく |
|
金剛杵を持ち仏法大力をもって守護する |
|
|
|
|
 |
| 本堂正面 |
|
|
|
|
 |
 |
| 本堂広間 |
位牌堂 |
|
|
 |
 もどる   |
|