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普門寺はその昔、だれも住むものもない荒れ寺であった・・・
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何人かの旅の僧が、この寺に来て住んだことはあったが、ものの半年もいると、次々に去って行くのであった。別にこれといってはっきりとした理由は見当たらなかったが、うわさによると、寺内に悪霊がさまよっているとのことであった。
ある年の夏、どこからともなく、諸国を巡歴してきたという一人の旅僧が訪れて、
「由緒ある寺を、空寺にしておくのはもったいない。しかも僧たるものが、悪霊を恐れて住めぬとは、まことに情けないこと……」
と、単身この寺に住み込んだのである。
村人たちは、「もの好きな人もあるものだが、さてこの和尚、いつまでいることができるだろうか」と、大いにあやしんだのであった。
僧は、村里の人びとを頼んで寺を修理したりした。村人たちは、昼は、真面目に働くのであったが、夕方になるとわれさきにと里へ帰ってしまう。僧は「何がそんなに恐ろしくて」と、村人の臆病さを笑うのであった。 |
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こうしたことが続いたある日、この辺では見かけたことのない、美少年が寺をたずねてきた。「寺の小僧に使ってくれ」とのことであった。再三ことわったが、あまり熱心なのでことわりきれず、翌日から、少年は寺の小僧として、寺で暮らすことになった。少年は、なかなかの働き者でかげひなたなく、こまねずみのようにクルクルと働くので、僧はすっかり気にいってしまった。
さてそのころ、寺から一里ばかり離れた村里に、美しい少女が母親と二人で住んでいた。この少女は毎日、近所の使い走りをして母親を養っていたが、ある時偶然のことから、寺の小僧と知り合いになり、ときがたつにつれて、互いに、心憎からず思う仲となったのだった。
そのうちに少女は、小僧の体におかしな匂いのあることに気付いたのである。しかも、手足の動きがヌラリクラリとしてなんとなく気味が悪く思われた。少女は、母親から聞いた話・・・山の主の大蛇が、山伏に化けて里の娘に近づく・・・という話に思い当たり、もしやと思うところから意を決し、かねて用意した一本の針を小僧の胸にズブリと突き刺したのである。すると、「ウォーッ」と一声、獣のようなうめき声を発し苦しみはじめ、、本性をあらわし美しい少年の姿はどこへやら、小牛ほどもある大ムジナとなり、見るも奇怪な姿で山の奥へ逃げて行くのであった。
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このことがあってからムジナの小僧に去られ、一人暮らしにかえった僧が、ある日のこと、朝からなんとなく頭が重く、「いやに陰気な日よ」と思っていると、急にあたりがうす暗くなってきた。さらに、あたりに漂うたとえようのない妖気。ゾーッと背すじを流れる寒気に、じっと息を押しころしていると、物すごい大音響とともに、大津波が「ゴウゴウ」とうなりを立てて押し寄せてきた。、こんな高台まで来るはずがない、さては悪霊のいたずらかと、いっそう心をこめてお経を唱え出したのである。
と、本堂の奥から、とても生きた人とは思えない、青白い顔をした、かの里の少女がころげこんできた。少女は、自分の針で死んだ大ムジナの亡霊に日夜なやまされ続け、今は見る影もない生けるしかばねとなっていたのである。 |
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再び本堂におおいかぶさるような大波が押し寄せてきたが、僧は、少女を小わきに抱えながら、大波に向って「カーッ」と大かつを発した。すると逆巻く怒とうが真ん中からプッツリときれて、跡形もなく静まりかえってしまった。回りにはおびただしい「ムジナ」の死がいがさらされていた。
事を伝え聞いた村人たちがかけつけたときには、僧の手厚い看護にもかかわらず、少女はとうとう息を引きとってしまった。僧は、村人に手伝わさせて、少女はもちろんのこと、山の主であったムジナをも、ねんごろに葬ってやったのである。
後に、この近辺の鎮護、忌払いの意味から、寺に「不動様」を祀ったのであるが、かの「山の主」によって押し寄せた大波にちなんで、この不動様を「波切不動明王」と呼ぶようになったとのことである。
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米崎の人びとは正月や盆にはよく普門寺に参拝するが、
この不動様を拝めば、どんな嵐でも船は安全であり、
大漁もまた間違いなしといわれ、
さらに、不動様のそばにある滝の水で洗顔すれば、
眼病もたちどころに治るといわれている・・・ |
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